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高橋様、皆様、いつもお世話になっております。
執筆活動やお仕事、家事とお忙しいところレスをくださったお礼と、こちらからの返事が遅くなりまして申し訳ありません。
頼んでいた本が届きました、ご紹介くださいまして本当に有難うございます。
いつも、お優しいのですね。嬉しさと感謝が絶えません。
精神看護について福祉の仕事に携わる友人に、私が学んで手に入れた知識を話したりする事があるので、あながち無駄になっているとは思わないのですが、失敗も確かに多いです。苦しむ方に私が友人として出来る事は驚くほど少ないです。もしも精神疾患を霊的に深く探ろうとするなら、心霊が実感出来なければならないと思ったんですけど、それだけでは足りなくて、高橋様の仰るように、私が専門家という職に就きながら霊学もなら、もっと実のある事となり、この考えを進めて良かったのかも知れないと感じました。
高橋様と出会って数年経ちますが、お話頂いた事や情報を実感するまで、随分と時間がかかってしまいました。
その事を、大変不甲斐なく、申し訳なく思います。
先日、別のところの掲示板で議論したあと、うちの狐ちゃんの事を想念しておりました。それから近所の吉田神社が思い浮かび、木花咲耶姫や伊勢神宮を思いました。そこでやっと、うちの狐ちゃんがどのような存在か認識する事が出来たのです。
草木や動物を守る木花咲耶姫のような雰囲気がどことなくあり、日本古来の、森や実りの精霊であるのかと感じました。それに似た感覚は伊勢神宮の内宮でも感じたので、これは内宮に仕えているのだなと初めて納得いった次第です。きっと以前から狐ちゃんも私にそれを教えてくれていたのでしょうが、どうしても人間としての知識や概念を優先させてしまい、霊の言っている事を信じられなかった。
また別の日は、知り合いの守護霊がご自身の生前の仕事を教えてくださったにも関わらず、私は日本的なおのれの脳から離れる事が出来ずに『尼僧』と受け取ってしまいました。後日友人が、彼女は西洋的な雰囲気が強いから『修道女』ではないかと意見してくれたところ、しっくり来たという事がありました。
見極めというのか、つい疑ってしまい素直に受け取れず余計迷ってしまう事が多々あります。まったく視えない分、自問自答を行うように思考を巡らせてるだけなので見立てに自信は持てません。もう少し、枝から落ちてくる果物を咄嗟に掴むように、いろいろな場所で感じる事を疑う事なく受け取りたいなと思います。
有難うございました。
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